レポート Report

長谷川 愛さんが問いかける、科学と人の未来とは

7月8日(土)の自律的キャリア教育の授業において、デザイナーでアーティストの長谷川 愛さんに講演いただきました。テーマは「日常の当たり前に問題提起を」。科学と人の関わりにコンセプトをおいた作品で知られる長谷川さん。デザイン、アート、テクノロジーの境界をまたいだ独自の観点から見つめる未来、そして作品に込めた想いについて、お話を伺うことができました。

全く新しい選択肢を

「人間が、人間以外の動物を出産する」可能性について、考えたことがあるでしょうか。例えば、イルカを産めるとしたら?

 長谷川 愛さんの作品「I WANNA DELIVER A DOLPHIN…」の動画では、水中でマウイイルカを出産する女性が描かれています。この作品のきっかけとなったのは、子どもを持ちたいと思っても、人口過剰が叫ばれる中で人間を増やすことに抵抗を感じるなどのジレンマでした。「ならば、絶滅危惧種を産んだらどうなるだろうと考えた」。そう長谷川さんは語ります。

子どもを持つことに対する養子以外の選択肢として、絶滅危惧種を産む、動物をペットとして産むという型破りな未来が提案されています。美味しいものを食べたい、子どもを産みたいという欲求をなだめるための方法として、「食べ物として絶滅に瀕している動物を出産してはどうか」という議論が提示されているのです。

長谷川さんはIAMASやRCAを経て、現在はアートとデザインに関する活動を行っています。転機となったのは、最初の著書「20XX年の革命家になるには—スペキュラティヴ・デザインの授業」の出版です。作品制作にも用いるスペキュラティヴ・デザインについては「メソッドではなく態度」「社会的夢想のための促進剤のようなもの」と語ります。デザインにも多くの手法があり、一般に理解されているような肯定的で問題解決のためのデザインだけでなく、長谷川さんが実践する批評的で問題発見や提起、討論のためのデザインもあるとし、「もっと違うデザインがあっても良いはず」と話します。「アートとデザインの違いや境界を決めたりするのではなく、どの分野であろうと、どのようなスタンスと価値観でやるのかが重要ではないか」。

性の常識を切る

同性間生殖を扱った作品「(IM)POSSIBLE BABY」では、実在の同性カップルの遺伝情報からでき得る子どもをシュミレーションし、「家族写真」が制作されています。将来的には、男性の皮膚から卵子、女性の皮膚から精子をつくることが技術的に可能になると言われていますが、それは倫理的に許されるのか、議論が必要となります。未受精卵凍結の議論が日本でなされたとき、その推奨年齢の設定に関わったメンバーの中に当事者はごく少数でした。将来、同性間生殖の是非は、誰がどのように決めるのでしょうか。そして「IMPOSSIBLE BABY」が「I‘M POSSIBLE BABY」になる日は来るのでしょうか。作品は問いかけています。

「HUMAN X SHARK」は、人と動物の性愛や女性に対する固定観念を打ち壊す作品です。オスザメにモテる香水が制作され、実際に香水をつけた女性が、集まってきたサメと泳ぐ映像が上映されます。メイクが日本の男性にモテるためのものになりやすい日本の女性をテーマに、美の価値観を更新・拡張することが目指されています。人間同士でも支配関係が生じるなかで、人間と動物の間で対等な性愛関係を築いているという人たちもいます。「そういった関係が築ける可能性のギリギリの限界はどこだろうと考えたときに、人間からは遠く離れたエイリアン(異質な)な生物だが、サイズや生殖器を持ち生殖行為をするといった点やサメの生殖バリエーションの豊かさに憧れて、人を襲わない種類のサメとの性愛関係のファンタジーに行き着いた」。この作品は、科学と人間社会の問題の盲点を付き、固定観念の呪いを解く作業だと言えます。

長谷川さんの作品に特徴的なのは、実現するための具体的な方法まで提示されていることです。作品は起こり得る未来の提案として、アート、デザイン、テクノロジーなどを駆使して表現されています。しかし、現実に行う、行わないは大きな問題ではありません。「議論するきっかけにしてほしい」。それが作品をつくる目的です。

「I WANNA DELIVER A DOLPHIN…」(2013)

「I WANNA DELIVER A DOLPHIN…」(2013)

「(IM)POSSIBLE BABY」(2015)

「(IM)POSSIBLE BABY」(2015)

「HUMAN X SHARK」(2017)

「HUMAN X SHARK」(2017)

長谷川 愛

現代美術家。生物学的課題や科学技術の進歩をモチーフに、現代社会に潜む諸問題を掘り出す作品を発表している。IAMASRCAMIT Media Lab卒。現在、慶應義塾大学 理工学部 機械工学科 総合デザイン工学専攻 マルチディシプリナリ・デザイン科学専修 准教授。MoMA,MoCA Shanghai、森美術館、イスラエルホロンデザインミュージアム、ミラノトリエンナーレ2019等国内外で展示を行う。著書「20XX年の革命家になるに──スペキュラティヴ・デザインの授業 」を出版。http://aihasegawa.info

本レポートは、自律的キャリア教育として、社会で活躍する女性にご講演いただき、学生が聴講、インタビューしてレポートを作成しています。

指導教員:石橋勝利 株式会社アクシス デザインデベロップメント ディレクター