レポート&インタビュー Report-interview

未来は自分でデザインする

甲田恵子さんの逆算思考

2025年9月6日の自律的キャリア教育の授業において、株式会社AsMama 代表取締役 甲田恵子さんにご講演いただきました。起業に至るまでの道のりと、それを支えてきた逆算思考について熱く語ってくださいました。

挫折から見えた本当に大切なもの

「20代の頃は、野心的でキャリア志向が強かった」と語る甲田恵子さん。子どもが生まれてからも一歩も引かず、役員クラスまで昇進すれば時間の自由を得られると信じ、仕事に全力投球していました。しかし、そんな矢先に訪れたのがリーマンショック。突然のリストラによって、それまでの将来設計は崩れ去ることに。

「誰のために、なんのために働いてきたんだろう」。甲田さんはそのとき初めて、いかに自分が他人の期待や誰かの未来思考の中で生きてきたのかを思い知らされたといいます。子どもと過ごしたい日常を描くこともなく、自分自身がどう働きたいかも考えてこなかった。漠然とした疑問を抱えながら退職を迎え、甲田さんは再就職のための職業訓練校に通うことになりました。

職業訓練校でウェブ制作の授業をとった甲田さん。時代遅れで野暮ったいホームページ制作のテキストを見て、すぐに授業に見切りをつけ、代わりに周囲の人に話しかけてみることにします。そこで出会ったのは、元CAや元宝石鑑定士といった、かつては第一線で働いていた優秀な人たち。彼女たちに共通していたのは、ライフステージの変化によって仕事を続けられなくなったという現実です。介護のために病院へ通う必要がある人、子育てで時間の融通が利かなくなった人、誰もが決して能力がないわけではなく、ただ近くに助けてくれる人がいなかったために、仕事をやめざるを得なかったのです。

もうひとつ印象的な出会いがあります。池袋のデパ地下で、パソコンを開きながら「職業訓練校にかかっている税金はいくらだろう」などと考えていたある日、ある親子が甲田さんの目に止まりました。母親と子どもが一緒にプリンを食べていたのです。思わず「優雅ですね」と声をかけると、母親は嫌そうな顔をして立ち去ってしまいました

その数日後、偶然同じ親子と再会。先日のことを謝ると、母親から思いがけない言葉が。「実はもともと幼稚園の先生なんです。子どもと一緒に過ごすために仕事をやめたのですが、働いている人を見ると、自分が社会の役に立っていないような気がして……。本当は仕事を続けたかったと、つい思い出してしまったんです。だから『優雅ですね』という言葉が嫌味に聞こえてしまって、すみません」。

彼女の想いを聞きながら、甲田さんはこう返していました。「もし近くに住んでいたら、私の子どももあなたみたいな人に見てもらえたのに」。その一言を口にしたとき、ひとつのアイデアが浮かびました。他人の子どもだけを預かるベビーシッターではなく、自分の子どもと一緒に、近所の子どもも見守りながら、少しお小遣いが得られるような仕組みがあったらどうだろう、と。元CAの女性も、デパ地下で出会った母親も、本当は好きな仕事を続けたかった。ただ、それを支えてくれる仕組みがなかった。助けてほしいと願う人と助けたいと思う人、その両者をつなげることができれば。この発想がAsMama起業の原点となりました。

「無理」という言葉に負けないために

助けてほしい人と助けたい人をつなげるというアイデアを当初は自治体に持ち込みますが、取り合ってもらえず、甲田さんは自らの起業へと舵を切ります。しかし、友人たちに相談したところ返ってきたのは、ネガティブな疑問や懐疑的な言葉の数々。「どうやって儲けるの?」「従業員どうするの?」「無理じゃない」。「がんばれ」と背中を押してくれるのは一割程度で、残りの九割からはできない理由ばかりを並べられました。「でも、否定的な九割は、起業したことのない人。応援してくれる一割の人は、起業したことがある人だった」と甲田は振り返ります。

「やったことのない人に聞いては駄目。やったことのある人に、どうやったらできるようになるんですか?と聞くのが大事」。

もし何かを始めたいのならば、「どうすれば実現できるのか」を知っている経験者にこそ尋ねるべきだと、甲田さんは強調します。

「もうだめだ」と言ったときがゲームオーバー

起業を志したものの、多くの困難が待ち受けていました。失敗を繰り返すうちに、甲田さんの口からは「何のためにやっているのかわからない」と愚痴ばかりが出ることに。そんな状況で、一緒に活動していた多くのメンバーが離れていきます。

甲田さんは当時を振り返ります。「経営者がやってはいけないのは、ネガティブなことばかりを言って、すべてを他人のせいにしてしまうこと。失敗が悪いのではないんです。経営者がもう嫌だ、もうだめだと言った途端にゲームオーバーになる、ということを学びました」。

「もうやめてしまおうか」と思い詰めたとき、甲田さんは原点に立ち帰ります。かつて出会った「助けてほしい人」「助けたいけれど方法がわからない人」。そんな人たちは本当に存在するのか。それを確かめようと、駅前や店舗でアンケートをとりました。すると、寄せられたのは切実な声の数々。「助けてくれる人がいないから、会社を辞めようと思っている」「子どもとふたりきりだと、手を上げてしまいそうになる」など、世の中の声にならない声に出会い、それを無視していいのか、もう1回やってみようと思い直し、挑戦を続けることに。この姿勢が、子育てや暮らしをご近所同士で頼り合える、そんな社会基盤をつくるというAsMamaの現在の姿に繋がっていくのでした。

自分たちで未来を拓く

「前進するからこそ悩みはつきもの。だけど、1年かけて考えた答えと、10分かけて考えた答えは、実は変わらない。大切なのは行動するかどうか」。

悩みや迷いは、前へ進んでいるからこそ生まれるものです。大切なのは「今できるかどうか」ではなく、もっと長い視点で世の中を捉えること。隣にいる人と自分を比べて焦る必要はない。50年後にどうありたいかを思い描き、そこから逆算して30年後、5年後、そして今何をすべきかを考える。その積み重ねが未来を形づくっていく。

「自分たちの未来は、自分たちで拓こう」。自分自身がそれをどうデザインし、どのように実現できるかを考えるかによって、未来の形も、自分のあり方も変わってゆく。

未来を受け身で待つのではなく、自ら未来を想像して行動しつづける甲田さん。その力強いメッセージは、私たちに将来を描くための勇気と広い視野を与えてくれるものでした。

甲田 恵子

株式会社AsMama代表取締役社長/Founder & CEO。大阪府生まれ。フロリダアトランティック大学留学を経て、関西外国語大学英米語学科卒業。1998年省庁が運営する特殊法人環境事業団に入社。役員秘書と国際協力関連業務を兼務する。2000年ニフティ株式会社入社。マーケティング・渉外・IRなどを担当。2007年ベンチャーインキュベーション会社ngi group株式会社に入社し、広報・IR室長を務める。2009年3月退社。同年11月に子育て支援・親支援コミュニティー、株式会社AsMamaを創設し、代表取締役CEOに就任する。

AsMamaウェブサイト

本レポートは、自律的キャリア教育として、社会で活躍する女性にご講演いただき、学生が聴講、インタビューしてレポートを作成しています。
指導教員:石橋勝利 株式会社アクシス デザインデベロップメント ディレクター