偶然をチャンスに変える
イトーキ・香山幸子さんが語る、デザイナーとしての歩み
2025年9月13日(土)の自律的キャリア教育の授業で、株式会社イトーキ ワークスタイルデザイン統括部 統括部長の香山幸子さんにご講演いただきました。「人前で話すことは得意ではないので少し緊張もありますが、この場で講演できること自体が良い経験になると思い、本日ここに立たせていただいてます!」と語る香山さんから、物事をポジティブに捉えることの大切さを学びました。
逆境がキャリアを育てる
1999年、就職氷河期の真っただ中に株式会社イトーキへ入社した香山さん。入社当初はなかなか案件を任されず、1年目はコピー取りばかりの毎日だったといいます。しかし2年目、3年目から少しずつ案件を担当できるようになり、自分の「こうしたら良いのでは」という提案を重ねていった結果、徐々に評価され、仕事の幅を広げていきました。オフィスを中心に、学校や病院といった幅広い空間デザインに携わるようになります。
2011年、香山さんにとって大きな転機が訪れます。会社の新たな拠点の構築プロジェクトに抜擢されたのです。しかし、当時は景気が低迷し、多くのベテランデザイナーが希望退職で去っていく厳しい時期。このプロジェクトのリーダーであった上司も退職し、若手の香山さんが責任者となったのです。「そんなにも重大な責任を負いきれるのか? 能力も足りてないのでは?」と追い詰められながらも、模索を続け、悩み葛藤しながらかたちにしていったという空間デザイン。その成果は、世界的なデザイン賞「Shaw Contract Group2013 Design is…Award 」を日本企業として初めて受賞するという快挙につながりました。これを機に、香山さんのもとには次々と大きな案件が舞い込むようになったのです。
2018年には、ニューヨークを拠点とする著名なデザイン事務所「ローマン&ウィリアムス」とのコラボレーションに挑戦。英語が得意ではなく、不安も大きかったといいますが、「無理だと思ったが、やるしかない」と覚悟を決めて臨みました。世界のトップデザイナーの思考法やプロジェクトに取り組む姿勢を体感できたことは、大きな財産になったと振り返ります。
統括部長となった現在、香山さんの目標は「日本一のデザイン集団と呼ばれること」。かつては「良い作品をつくりたい」という個人的な想いが強かったものの、今ではチーム全体で高みを目指すという志へと変化しています。
挑戦がつなぐ“グッドスパイラル“
香山さんが仕事をするうえで大切にしているのは、「常にポジティブでいること」「与えられた試練を成長の最大の機会と捉えること」、そして「失敗を恐れすぎず、チャレンジすること」です。挑戦しつづけることで評価や信頼につながり、さらに良い仕事を任せてもらえる。その積み重ねが、また次の挑戦のチャンスへとつながっていく。香山さんはこの流れをある本から引用して「グッドスパイラル」と呼び、キャリアを切り開くうえで大切な考え方だと語ります。
一方で「デザイナーはセンスがなければ務まらない」というイメージも根強くあります。しかし香山さんは、センス以上に「お客様の声に耳を傾けること」や「現状と理想を理解し、共感をもってデザインすること」を大切にしているといいます。真に求められるのは、クライアントがまだ気づいていない課題を見抜く力なのです。実際、クライアントの多くは相談に来る段階で「自分なりの答え」を持っていることが少なくありません。例えば、「コミュニケーションを増やしたいから会議室をたくさんつくってほしい」といった依頼です。しかし、香山さんは「会議室を増やすことが本当に解決策なのか」と根本から問い直します。そして、「会議室ではなく、よりオープンな場を設けることが効果的ではないか」と提案し、空間のあり方を再構築していくのです。
香山さんのデザインには、単なる空間づくりを超えて「人がどう関わり合い、どう心地よく働けるか」を見つめる姿勢が貫かれています。
自己理解が未来を切り開く
香山さんは「なりたい自分を設定すること」が自身の成長に大きくつながると語ります。そのうえで、「なりたい自分を見据えて、今の自分からのギャップを埋めていくこと」が必要であり、そのためにはまず自分自身をしっかりと知ることが欠かせません。
また、「思いこみや経験から自身を過小評価しないこと」が成長において大切であり、「なりたい自分の目標を低く設定してしまうと、そこまでしか成長できない」とも語られました。高い目標を持つことが、自分をさらに前進させる原動力になるのです。
さらにキャリアについては、「個人のキャリアの8割は予期しない偶然の出来事によって形成される」とのお話もありました。古代ギリシアの「幸運の女神には前髪しかない」という言葉を引用し、チャンスは一瞬で通り過ぎてしまうからこそ、それを掴むための準備と行動が大切だと強調されました。
最後に「自分のなりたい姿を描き、そのためにアクションを起こしてください。そして、皆さんの明るい未来を応援しています」と温かい言葉をいただきました。
香山 幸子
株式会社イトーキ ワークスタイルデザイン統括部 統括部長。1999年入社以来、数々のオフィス・公共施設の企画設計を手がける。国内外のデザイン賞を多数受賞し、現在は組織を率いて日本一のデザイン集団を目指す。
本レポートは、自律的キャリア教育として、社会で活躍する女性にご講演いただき、学生が聴講、インタビューしてレポートを作成しています。
指導教員:石橋勝利 株式会社アクシス デザインデベロップメント ディレクター