レポート&インタビュー Report-interview

挑戦の先に成長がある

マザーハウス・工藤理恵子さんの人生に学ぶ、自分らしく進むヒント

2025年8月23日の自律的キャリア教育の授業において、株式会社マザーハウス MD部門・革小物担当チーフマネージャー 工藤理恵子さんに講演いただきました。千葉大学工学部デザイン工学科卒業後、デザイン会社を経てマザーハウスに入社。現在はバングラデシュと日本をつなぐものづくりの現場で活躍する工藤さん。学生時代の体験から現在に至るまでの軌跡と、苦難と挫折を乗り越えて見つけた働き方について、お話を伺うことができました。

どうすれば世界を変えられるのか

工藤理恵子さんの選択肢を広げ、大きな影響を与えたのは、大学3年生のときに参加したピースボートでの世界一周の体験でした。工藤さんにとって、この船旅は単なる海外旅行ではありません。パレスチナやペルーなど世界各地を訪れ、現地の状況を知るなかで、異文化交流に対する認識が大きく変わったのです。

「対等な関係で関われないことに驚いた」と工藤さんは振り返ります。世界には自分が知らなかった深刻な問題を抱える国や地域があり、自分がただの観光客として訪れるだけでは真の交流にならないという現実に直面したのです。そして「世界平和のために何をしたらいいのか」という漠然とした問題意識を抱えたまま帰国。この体験は、その後の就職活動にも大きな影響を与えました。

「就活はあまりうまく進められなかった」と語る工藤さん。ピースボートで見てきた世界の現実と、これから自分の進む道のイメージをうまく繋げられず、身の入らない状況が続いたといいます。就職のエントリーシートに将来の夢を記入するときには、「世界平和」としか書けませんでした。それでも大学で学んだデザインの道にいったんは就職しようと、デザイン会社へ進むことになります。

転機が訪れたのは、テレビ番組「情熱大陸」でマザーハウス創業者の山口絵理子さんの特集を見たとき。「途上国から世界に通用するブランドをつくる」というビジョンのもと、バングラデシュで現地の人々と対等な関係を築きながら、質の高い商品づくりに取り組む山口さんの姿を見て、「これが私のやりたかったことだ!」と直感したといいます。自分が感じていた問題意識とマザーハウスのビジョンが合致していたのです。

大きな視点で未来を考える

マザーハウスに入社後、工藤さんは2度の大きな壁に当たることになります。最初は、育児休暇から復帰して人事部門への配属後のこと。「社会保険や税金制度など何もわからないのに、人事には自分ひとりだけ」という状況に置かれ、未経験の分野ですべてを担わなければならない状況に直面します。しかし、少しずつ必要なことを調べ、学び、さらには社内向けのキャラクターを作成して従業員が親しみやすい環境づくりに取り組むなど、工夫を重ねていきました。デザイン学部出身としての創意工夫の力が発揮された場面だったといえるでしょう。

その後2度目の育児休暇を経て商品開発チームに異動した際、工藤さんはさらに大きな困難に直面します。「本当にこのまま進み続けたら鬱になるかもしれないと思いました(笑)」と当時を振り返ります。バングラデシュの工場を担当することになったものの、現場からは「革のことも商品の構造もわからないのに無理ばかり言わないでくれ」と言われてしまったり、英語力の不足が原因で交渉がうまくいかないときには「自分の言いたいことも整理できていない」と指摘されることも。そんな状況下で工藤さんを支えたのは「自分の今までの経験や、過去の積み重ね」でした。前職で身に着けた技術を仕事に生かせる場面がいくつかあり、それが小さい自信になりました。また、完璧でなくても、たとえ中学生レベルの英語でも、コミュニケーションを取ろうとする意欲と、問題解決への取り組みが徐々に成果を生みはじめました。

困難を前にしたとき、工藤さんは3年後には「あのときは大変だったけれど、乗り越えることができた」と語っている自分の姿を想像し、挑戦を続けています。また、「地球規模で考えれば、今の悩みなんかは小さなことだ」と大きな視点で捉えることで、少しずつ困難を乗り越えていったといいます。

バングラデシュの工場の職人さんたちとともに生み出された「ハリネズミポーチ」。

バングラデシュの工場の職人さんたちとともに生み出された「ハリネズミポーチ」。

難しい商品だからこそ、成長できる

現在、革小物部門を統括している工藤さんですが、特に印象的なエピソードとして、ハリネズミをモチーフにした革製品の開発について語ってくださいました。

 あるとき、バングラデシュの工場で革小物の責任者ジョシムさんから思いがけない言葉を投げかけられます。「工藤さん、簡単な商品じゃだめなんだよ。難しいのをつくらないと」。

なぜ難しい商品をつくりたいのか。その理由は、「難しいことに挑戦することで工場の成長につながるから」。シンプルな形状の革小物をつくるだけでも、縫製の精度や技術は磨かれる。しかし、それだけでは満足できない、もっと職人の技術や想いのこもった商品を届けたいと工場のスタッフは考えているんだと。工藤さんはそこで、「工場の職人さんたちの成長につながるかどうか」が商品づくりに欠かせない要素のひとつであることをあらためて強く感じます。

その日バングラデシュのホテルに戻るとすぐに、工藤さんは手元にあった紙袋と眉毛切りを使って試作品をつくりました。その後いくつもの試行錯誤を経て、最終的に「ハリネズミポーチ」として商品化されます。「すごく難しい商品だったよ」というジョシムくん。この商品は革小物をつくる職人さんたちの成長を後押しする象徴的な商品になったのです。

しなければよい挑戦はなかった

最後に工藤さんは、「しなければよい挑戦はなかった」「世界とつながるのはやっぱり楽しい」、そして「自分らしく楽しめるバランス感が大事」と語りました。たとえ困難に直面しても、世界とつながり、人と関わることの楽しさを知ることは、何物にも代えがたい経験になる。子どもとの時間や家庭と仕事の両立など、優先順位に悩む日々もあったけれど、自分らしく楽しめるようバランスをとることで、前向きに日々挑戦してこられたのだと。

「挑戦することを恐れず、楽しみながら自分のペースで進むことが大事です。悩むこともありますが、自分らしいバランスを見つけることが成長につながります」。

工藤さんの言葉を受けて、迷いや不安があっても、自分らしさを大切にして楽しむことが、成長や新しい発見につながるのだと感じました。

工藤理恵子

2008年に株式会社マザーハウス入社。店長、アートディレクター、人事部等での勤務を経て、現在はMD部門・革小物担当チーフマネージャーとして、革小物の企画開発・生産管理に従事している。

マザーハウス公式ウェブサイト

本レポートは、自律的キャリア教育として、社会で活躍する女性にご講演いただき、学生が聴講、インタビューしてレポートを作成しています。
指導教員:石橋勝利 株式会社アクシス デザインデベロップメント ディレクター