レポート&インタビュー Report-interview

その声が、背中を押してくれた

落語家・林家つる子さんの挑戦

2025年8月2日の自律的キャリア教育の授業でご登壇いただいたのは落語家の林家つる子さん。演劇から落語への転身、女流落語家としての奮闘。周囲の声に支えられてきた挑戦の半生を語っていただきました。

表現で人を笑顔に

群馬県高崎市で生まれ育ち、大学時代まで全く落語と縁がなかったという林家つる子さん。いまや堂々と高座に上がる彼女ですが、子どもの頃は内気で、人前に出ることが苦手でした。そんなつる子さんが初めて「表現することの楽しさ」を知ったのは、小学校5年生のとき。恩師に背中を押され、演劇の舞台に立ちました。舞台の上で、今まで表に出せなかった想いを表現できたこと、そして何よりも、観てくれた人が感想をくれ、喜んでくれたこと。つる子さんにとって初めての体験でした。

高校に進学し、当初演劇部に入ろうとしたものの、そのレベルの高さに圧倒され、一度は入部を断念したつる子さん。しかし「大丈夫だよ、やればできるよ」という母と友人の言葉に背中を押され、1ヶ月遅れで入部。最初に演じたのはオカマの役でした。誰もやりたがらない役に「じゃあ、私がやってみようかな」と手を挙げたときから、つる子さんの挑戦は始まりました。

「主役じゃないキャラクターに惹かれるんです。脇役にもきっと人生があって、そっちに感情移入してしまう」。

本番の舞台で、つる子さん演じるオカマ役はさっと登場し、笑いをとって、戻るだけ。決して長いシーンではありませんが、たしかに観客の笑顔を引き出すことができました。舞台のあと、「面白かった」と喜んでくれた母の言葉、そして普段は寡黙な父からの「一皮むけた気がするな」という言葉が、大きな励みになりました。「自分の表現で人を笑顔にできる」と実感したのでした。

落語との出会い

中央大学に入学して、演劇部を見学しようとしていたところ、声をかけてきたのは落語研究会。コントができると聞いてやってきたつる子さんが目にしたのは、着物姿で高座に上がる先輩たちが一人で語り出す「落語」でした。

初めて生で見る落語。その世界につる子さんは衝撃を受けました。江戸時代を舞台にした古典落語なのに、笑える。泣ける。ほろりとする人情噺に、知らぬ間に引き込まれていました。身分制度の厳しい時代、理不尽に苦しむ庶民が、権力者をコケにし、笑いをとおして溜飲を下げる。時代は違えども、今でも共感できる話が落語には多くあります。昔に生きていた人が「ひとりじゃないよ」と励ましてくれる。そんな落語の魅力に取り憑かれたのです。

卒業間近には就活か、卒業公演かと迷う状況にもなりました。しかし、「就活より卒業公演の落語を大切にしたい」。自分のなかで答えは出ていました。「落語家になりたい」と。覚悟を決めて、両親に相談したつる子さん。父は心配しましたが、母は違いました。「やりたいことがあるなら、早く始めたほうがいい。早くその道に飛び込んだほうが良いよ」。再び母の言葉がつる子さんの背中を押しました。

女性だからできること

落語家になるにはまず弟子入りしなければなりません。現在も中央大学落語研究会の顧問である黒田絵美子教授や、黒田教授が新作落語の台本を提供している柳家さん喬師匠など、たくさんの方々に相談し、御縁を繋いでもらい、大学を卒業してから半年後の2010年9月に師匠(⁠九代林家正蔵)のもとに弟子入りが叶いました。「林家つる子」としての落語家人生が始まったのです。

入門直後、師匠からかけられた言葉は、今もつる子さんの心に残っています。

「つる、いいか? 古典落語をそのままのかたちで男女関係なくうまく聞かせるのも大事だ。でも、女性の落語家にしかできないことがあると思う。やりたいことがあれば、どんどん挑戦してほしい」。

努力してみなと同じように演じるべきという思い込みがあったなかで、その言葉は衝撃でした。違う道を切り拓く努力もあっていい。この言葉があったから、厳しい修行の中でも前を向けたと、つる子さんは語ります。

前座修行を終えて「二つ目」になると、一人立ちし、ようやく自分の落語会を開けるようになります。早速、ずっとやりたかった噺や、自分なりの表現をしてみましたが、観客の反応は薄く、SNSでは否定的な意見も。つる子さんはそのうち、「マイナスな意見を言われないようにするにはどうすればいいのか」と考えるようになりました。

そんな時期にやってきたのがコロナ禍。寄席はゼロで高座に上がれない。つる子さんは「みんなを笑顔にしたい」という原点に立ち返り、YouTubeやSNSで落語をはじめとする様々な動画を発信。そこに届いた「元気が出た」「コロナ禍が終わったら見に行くね」という言葉が、つる子さんを動かしました。

「マイナスの意見にとらわれるより、喜んでくれる人のために落語を届けたい」。

やがて、つる子さんは新たな表現に踏み出します。古典落語に登場するおかみさんや遊女といった、これまで脇役だった女性の登場人物たちの視点から描くという挑戦です。つまり落語のスピンオフです。男性が主役の古典落語で、つる子さんはその裏側に注目。「遊女の本当の想いは?」「おかみさんは裏で何を考えていたのか?」と想像を膨らませ、彼女たちを主人公とする噺に挑戦したのです。

ただ、賛否は分かれました。「形を変える必要はない」「古典落語への冒涜だ」といった声も。しかしそれでもつる子さんは揺るがない。

「私も男性社会で働いていて、周りに合わせることが辛くなっていました。でも、つる子さんの挑戦を見て、新しい道を切り開くという努力をしても良いんだと思えて、心が軽くなりました」。

共感してくれたファンの声が、つる子さんの力になりました。万人に響かなくても、誰か一人の背中を押すことができたのなら、その挑戦には意味があるはず。

次の誰かに向けて

「やってみなよ」「大丈夫だよ」「挑戦してみてほしい」。つる子さんは、これまでの人生を振り返るなかで、幾度となく、周囲の人々の言葉に背中を押されてきました。

「その声があったから飛び込めて、挑戦して、挑戦したからこそ見えた景色があった」。

「今、挑戦を迷っている人がいて、周りに後押ししてくれる人がいなかったら、私が代わりに『やってみなよ』って背中を押します。皆さんもぜひ、誰か迷っている人がいたら、積極的に声をかけてあげてください」。

挑戦のたびに人の声に背中を押され、自らもまた誰かの背中を押す存在として、落語家・林家つる子さんは高座に上がりつづけます。

林家つる子

群馬県高崎市出身。中央大学文学部卒業。2010年九代林家正蔵に弟子入り。2024年3月落語界で女性初となる、抜擢真打昇進を果たす。「芝浜」「子別れ」「紺屋高尾」古典落語を女性登場人物の視点から描く挑戦を続け、注目を集めている。
公式サイト
YouTubeチャンネル“つるチャン

本レポートは、自律的キャリア教育として、社会で活躍する女性にご講演いただき、学生が聴講、インタビューしてレポートを作成しています。
指導教員:石橋勝利 株式会社アクシス デザインデベロップメント ディレクター